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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(ネ)207号 判決

控訴人(被告) 石川県知事

被控訴人(原告) 松栄清吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において原審判決は「訴外津田作次郎は昭和二十三年三月二日甲の土地((イ)上田出ク五〇番(ロ)上田出ク五一番(ハ)上田出ク五二番(ニ)上田出ク五三番)を中荘村農地委員会より売渡を受けているけれども実際は右土地は昭和二十年末頃、右訴外作次郎の長男栄吉所有名義の乙の土地(上田出リ六六番、上田出リ六七番、上田出リ六八番、上田出リ七二番、上田出リ七三番)と交換により訴外松栄清昨より譲受けた(尤も甲の土地の所有名義は(イ)(ロ)は右訴外松栄清昨の息子清秀となつて居る。又(ハ)(ニ)は林与七の所有名義となつているが、右清昨は昭和十九年末別地と交換で林与七より譲受けた)然し当時の村農地委員会は土地の交換の手続を採らず便宜形式上甲乙各土地を従前の所有者から買収し、之を現所有者に売渡決定をするという手続を取つたものであることが認定できる」と判示したけれども被控訴人が交換になつたという田地の中甲の土地の(ハ)上田出ク五十二番及び(ニ)同五十三番は昭和二十年四月から訴外津田作次郎が耕作権をもつていた、即ち被控訴人が主張する昭和二十一年の交換以前既に右作次郎が耕作権を確立していたこと、若し被控訴人主張の如き交換がありとすれば一方をやめて同時に他方に移るべき筈であるが、既にこの二筆については昭和二十年から右作次郎が耕作権を確立していたものであるから交換がなかつたものである、只右乙の土地の上田出リ六十六番乃至六十八番、同七十二、七十三番合計五筆(以下乙の土地(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)と略称)の耕作権を右作次郎が止めて前示甲の土地の(イ)上田出ク五十番及び(ロ)同五十一番二筆丈の耕作権を得たものであるに過ぎない、被控訴人主張の交換が所有権の交換としても甲の土地の(イ)及び(ロ)の所有権者は松栄清秀であり、又同(ハ)及び(ニ)の所有権者は林与七であり、又乙の土地全部の所有権者は津田栄吉である、而して所有権の交換の行われたのは右の松栄清秀と右の津田栄吉との間に交互に交換が行われたものであつて、林与七と津田栄吉との間に所有権の交換が行われたものでない。又上田出ノ三十番ノ一、九歩については既に乙第十三号証及び証人坂井清治、同小木幹雄、同脇沢順平の証言によつても明らかな如く、同地は西礼子の所有地であつて松田義八が小作し同人より更に津田作次郎が借受け津田は松田義八に年貢を納めていたもので地元委員会はこの事実を認めて此の土地に津田をして自作農たらしめたものである。以上の事実に基いて甲の土地について昭和二十三年三月二日、又乙の土地について昭和二十三年十二月二日夫々村農地委員会が売渡決定の手続をとつたものであつて、便宜形式上甲乙各土地を買収売渡の手続をとつたものでない、従つて津田作次郎は真正な自作農となつたものであるから必要施設としての宅地を買受ける適格者である。本来農村には強い地主対小作人(自作兼小作人を含む)と云う主従的な封建的因習があつて、仮令小作人が農地の解放を受け得たとしても宅地建物その他の農業施設を賃借している場合、地主は農地を解放した反抗の意味で予期しないうちにこれらの宅地、建物その他の農業用施設の明渡を要求されることが従来の農村のあり方からすると全国的に推定されるのでこれでは悪影響を及ぼすのみならず自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)の立法の趣旨にそわないのでこれを未然に防止し耕作者の地位の安定を図ろうとするため自作法第十五条第一項第一号及び第二号が規定されたのである、本件にあつても、このような作為即ち被控訴人が現に数々他人に対し若し本件に勝訴となるならば建物収去の訴を提起すると口外し、同人を不安定な地位に立たしめようとしている、津田作次郎一家の従業者としては本人妻すい、長男栄吉の妻二三子の計三名が稼働能力者であつて、昭和二十一年供米十八石七斗四升二合、同二十二年度二十二石六升、同二十三年度二十一石六斗、同二十四年には二十三石二斗を納め、農耕に精進し且つその見込充分であると認定して右津田の自作農の安定な地位を保たすため被控訴人の宅地を買収したのは正当である。

本件上田出ノ四十五番地宅地五百五十七坪の内百六十一坪は元々四十六番百六十一坪という地番をもつた土地で津田のものであつたが、津田家先代が借財のため抵当流れとなりそれを被控訴人が買受けて之を合筆して四十五番五百五十七坪としたものであつて、被控訴人の所有に移るや津田は賃料を支払うて依然旧来津田が住宅敷地として使用していた地積を使用してきたものである、このような経過をもつ百六十一坪であるから、今回農地委員会が津田の住宅の敷地は自作農たらしめる上においても必要且つ相当として買収し津田に売渡したものである、又このような経過をもつた土地であるから、いまだにもと津田所有時代の境界もその形態を残存している。

自作法第十五条全文の立法趣旨は今回の農業改革によつて自作農となるべき者が将来農業経営をして行く上の基盤を強固にするためであるから同条第一項第二号掲記の宅地その他についても農業経営と全然関係のないものの買収はこれを許さないがいやしくも当該自作農となるべき者の農業経営に必要である限りこれが買収を許す趣旨であると解するを相当とすべく殊に右第十五条第一項第一号には「第三条の規定により買収する農地の利用上必要な農業用施設」とあつて農業用施設については買収される農地との間に本来従属的関係のあることを必要とするが、第二号掲記のものについてはこの制限すらないことによつても、その趣旨が窺われるのであると述べ、被控訴代理人は松栄清昨と津田作次郎との間にリの部とクの部との交換の交渉がありその交渉が成立した事は今日迄の証人調並に両交換地の位置水利の関係耕作者移動の関係から見て疑の余地がない、只右交換を法律の形式に適合せしめる意味に於て両当事者が無関心であり実体に適合した方法がとられなかつたに過ぎない、自作法第十五条による宅地買収可能な事例中に土地を交換により取得した場合を包含せしめていない点を見れば宅地の買収は斯る場合迄拡張しない事を意味する(拡張すれば別の正義に反する)。従つて本件に於て宅地の買収を是認して原審判決を破棄すれば法の許していない場合に迄拡張して宅地の買収を認めたことになる、又実質を忘れ単に形式のみに着眼して津田に自作法第三条の買収があつたものと見て、形式論理的に宅地買収を是認することは許されない、何となれば自作法第十五条は絶対命令的の形に規定されていないで形式の揃つた場合でも「申請が相当と認め」られる場合でなければならない、而して前述の様に同法第十五条は交換の場合迄も含めていない所を考へれば単に形式的要件のみ揃つたからといつて、同条の許さぬ原因たる交換迄も「相当」と認めてはならないからである、と述べた外、原判決摘示事実と同一であるから茲に之を引用する。

(立証省略)

理由

訴外中荘村農地委員会(以下村委員会と略称する)が訴外津田作次郎の申請により被控訴人所有にかゝる羽咋郡中荘村字上田出ノ四十五ノ一宅地百六十一坪(以下本件宅地と略称する)について、昭和二十四年五月二十五日自作法第十五条に基き買収計画を立て、被控訴人は之に対し右村委員会に異議を申立てたが却下され、更に旧石川県農業委員会へ訴願したところ同年八月十二日これが却下の裁決のあつたこと及び訴外津田作次郎が自作法の規定により売渡をうけた土地は被控訴人主張の如き甲の土地の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)及び上田出ノ三十番ノ一、九歩(以下(ヌ)の土地と略称)合わせて五筆の土地のみであることは当事者間に争いがない。

そこで成立に争ない乙第五、第八、第二十四号証によると訴外津田作次郎は昭和二十三年三月二日被控訴人主張の(ヌ)の土地即ち上田出ノ三〇番ノ一、九歩を自作法第三条、第十六条に基き売渡を受けた(同訴外人の息子栄吉名義にて買収申込の上その売渡を受けたが後日訴外人名義に変更されたもの)のであるが、原審における検証の結果及び証人松田与作、江上六三郎、松田勇作の各証言、原審並に当審における証人松栄清昨(原審は第一回のみ)、松田義八の各証言を綜合すると、右土地はその公簿上の地目は畑であるが訴外津田作次郎が売渡を受けた当時の現況は荒蕪の原野であつて、同訴外人は右土地を之に隣接する同人所有の通称八兵衛屋敷に通ずる道路敷地となす目的で訴外松田義八(同人は地主西礼子から小作させて貰つていたが粗悪地で殆んど収穫の見込なく従つて年貢も免除され放置していたもの)から小作権の譲渡をうけ次で前示のとおり自作法の規定により売渡をうけたのであるが、本件宅地買収決定に対し被控訴人から異議の申立がなされるや右売渡の翌年である昭和二十四年急拠右土地を開墾し、種々作付をなしたものであることが認められる、右認定に反する原審における証人津田栄吉、松田幸一、坂井清治、坂本四郎平、原審並に当審における証人脇沢順平、小木幹雄、津田作次郎(原審は第一回のみ)の各証言はいずれも措信しがたく又乙第十三号証第二十二号証も前掲証拠特に当審証人松田義八の証言によつて信憑するに足らないものであり他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。従つて右(ヌ)上田出ノ三十番の一の土地は津田作次郎が売渡を受けた当時は同人の小作農地といえないものであつたものとせねばならない。

次に被控訴代理人は右甲の土地(イ)(ロ)(ハ)(ニ)は事実は訴外津田作次郎がその長男津田栄吉所有名義の乙の土地と交換によつてその所有権を取得したものであり、右訴外人は自作法第三条若くは第十六条所定の農地の売渡をうけた事実がないから同法第十五条所定の宅地買収申請の適格者ではないと主張するので審案するに原審における証人松田与作、江上六三郎、松田勇作、諸田吉太郎(通称八幡割と沼田の土地の交換のことについては調査しなかつたとの証言部分)、津田作次郎(第二回)原審(第一、二回)並に当審における証人松栄清昨、当審における証人岡本与三吉の各証言並に原審における被控訴本人訊問(第二回)の結果を綜合すると、訴外津田作次郎は昭和二十三年三月二日甲の土地(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(通称八幡割の土地と称し、その反別は合計六畝五歩である)を自創法により売渡をうけているけれども、実際は右土地は之に隣接する自己の耕作田地の水利の便のため、昭和十九年末か二十年初頃右訴外人の長男栄吉所有名義(実質上は作次郎の所有に属していた)の乙の土地(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(通称沼田の土地と称しその反別は合計五畝二十九歩である)と交換により訴外松栄清昨より譲りうけたものであつて、之を他人の所有土地として借りうけ小作するという意思で使用したものでなく又右土地につき小作契約を締結したこともなく、交換に基き自己所有のものとして使用してきたというのが事実であつて、甲乙の土地につき耕作権のみならず所有権をも相互に交換したものである(尤も甲の土地の内(イ)(ロ)は右松栄清昨の息子清秀名義となつていたものであり、又(ハ)(ニ)は訴外林与七名義となつていたが、之は既に昭和十九年末右清昨が別地と交換により右与七から譲りうけていたものであつて、右(イ)乃至(ニ)の土地はいずれも実質上は右清昨の所有に属していた)。然し当時村委員会は右交換の事実に基いて之を処置せず、便宜自作法により右甲乙の土地を従前の各所有者から夫々買収し、更に現所有者に夫々売渡すという形式をとつて実質的に交換の目的を実現せしめるように之を処理したものと認めざるを得ない。右認定に反する原審における証人津田栄吉、松田幸一、坂井清治、坂井四郎平、原審並に当審における証人脇沢順平、小木幹雄、津田作次郎(原審は第一回のみ)の各証言はいずれも之を措信しがたく又乙第四、五、六、八号証第二十三乃至第二十九号証は前示認定に照しその形式を整備するためのものにすぎないと認められるから特に控訴人の主張を支持しうるものとはなし難く他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。然り而して右交換については控訴代理人主張の如く臨時農地等管理令第七条ノ二若くは農地調整法第四条所定の県知事の許可を得ていないことは之の弁論の全趣旨から被控訴人の争わないところであり、従つて交換は法律上無効であるけれども、さりとて訴外津田作次郎が右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各土地を所有者として支配していることが交換に基因するものであることを抹殺するものではない、而して自作法による宅地買収申請の当否を認定するに当つては同法の精神を十分考慮し同法による宅地買収は国家の公権力により国民の私権に制限を加えるものであつて、影響する所至大であるから、その前提たる農地につき自作農となるべき者の該農地取得の形式にとらわれることなく、その実相を究めてかゝらねばならない。そこで成立に争ない乙第十、第十一号証に、原審における証人津田栄吉、津田作次郎(第一回)の各証言を綜合すると、訴外津田作次郎の耕作反別は田畑合せて一丁七反七畝十三歩であり、内昭和二十三年三月二日村委員会から売渡決定をうけた前示(イ)乃至(ハ)及び(ヌ)の土地合計六畝十四歩を除いた残余の土地は元来同訴外人一家の所有(その名義は同訴外人であるか或は長男栄吉であるかは別として)に属していたものであること、同訴外人家の農業稼働人員は同訴外人夫婦及び同長男栄吉の妻の三名に過ぎないこと、及び同家は右三名の外栄吉を合せて四名であるが、右栄吉は県吏員として年十数万円の給与をうけ、之と農業所得約十万円を以て生計を立てていることが認められる、従つて訴外津田作次郎一家はその所有に係る耕作田畑は一丁七反余であつて僅か三名の稼働人員としてはむしろ多きに過ぎるものであつて更に他人の田畑を小作する必要あるものとは認められないし又自作農として相当余裕ある生活を営んできたものと推認し得るのであり、而も又前段認定のとおり右津田作次郎は甲の部(イ)乃至(ニ)の土地合計六畝五歩と乙の土地(ホ)乃至(リ)の五筆合計五畝二十九歩とを交換したものであつて、乙の土地を失つた代り甲の土地を得たというわけでその耕地面積に問題とする程の増減なく、又自作農としての地位は従前と何等の変動はないのである。而して自作法は一般農民の生活を安定しその地位の向上をはかるため少数の大地主に独占されている広大な農地を解放して耕地少く又は不安定な立場にある小作人に之を分配して自立しうる自作農を創設することを目的としたものであるが、かくの如く耕地の不足している農民に耕地を与え自作農とし生活の安定を得させるには単に農地の売渡のみでは十分ではないので、同法第十五条、第二十九条において更にその売渡をうけた農地の利用上必要な農業用施設その他の権利等或はその売渡をうけた農地につき自作農となるべき者が賃借権等を有する宅地等を一定の条件の下に買収して之を売渡すことを規定しているのであるが、その宅地の買収売渡について見るにあく迄も売渡をうけた農地につき自作農となるべき者の農業経営に必要なるものであることを要するものであるところ、前段認定のとおり訴外津田作次郎が売渡をうけた右甲の土地(イ)乃至(ニ)の土地の取得は単に乙の土地(ホ)乃至(リ)との交換によつたもので自作法に所謂新しく自作農となつたものとは認めがたく、又右(ヌ)の土地は前段説示のとおり農地とは認められないからいずれも同法第十五条第一項第二号に所謂農地につき自作農となるべきものの概念には包含されないものといわねばならない、従つて同訴外人は同条に定める宅地の売渡をうける資格がなかつたものと解すべきである。然し乍ら右の如く論ずればとて、前示甲乙の土地に関する交換契約が有効であると確定するものでないのは勿論、前段認定のとおり県知事の認可のない交換契約は無効のものであるがそれにも拘らず本件宅地買収処分の当否を認定するについて重要なのは事実上交換契約が存在し、これに基いて訴外津田作次郎が乙の土地と引換に甲の土地を自己のものとして使用してきたという事実が存在することである。次に又前示(イ)乃至(ニ)及び(ヌ)の土地の買収売渡の行政処分は取消しうべきものであろうか、取消される迄は有効というべく、未だ甲の土地の(イ)乃至(ニ)及び(ヌ)の買収売渡の行政処分が取消された事実は認められないから右行政処分によつて訴外津田作次郎の(イ)乃至(ニ)及び(ヌ)の土地の所有権の取得それ自体は一応動かし得ないのであるとしてもそのことから当然その行政処分の前提事実が別個の行政処分たる本件宅地の買収売渡についてそのまま無批判に前提とせらるべきものではなく客観的事実は厳存するのであり、本件宅地の買収売渡に関する行政処分に関してはさきの行政処分の前提事実に拘束されることなく別個にその有効要件を審査すべきものであるから右(イ)乃至(ニ)及び(ヌ)の土地の買収売渡の行政処分によつて訴外津田作次郎を当然自作法に所謂新しく自作農となるべき者と擬制し以てその賃借に係る本件宅地の売渡を受ける適格を生じたものとすることはできないものであると解する。

以上説明のとおりであるから村委員会の本件宅地買収売渡処分は既にこの点において違法であり、従つて旧石川県農業委員会は右行政処分に対する異議申立却下決定に対する被控訴人の訴願の裁決において当然右行政処分の取消をなすべきに拘らず之を認容したのは違法であつて到底取消を免れないから、爾余の点について判断する迄もなく、被控訴人の請求は正当というべく之と同趣旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がない、仍つて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判官 山田市平 伊藤寅男 小沢三朗)

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